2024年5月。久しぶりに韓国の高速鉄道KTXに乗った。KTXは2004年に開業した、日本の新幹線に相当する高速鉄道だ。最高速度は時速305キロ、ソウルから釜山まで2時間18分で結ぶ。3年前に乗った時はちょうどコロナ禍で、海外からの渡航者の移送に使われた時だったため気が付かなかったが、今回は日本の新幹線との決定的な違いに気づいた。それは“韓国中のKTX駅には改札がない”ということだ。
KTXに乗るためには事前にスマホで予約する。そして駅に向かい、そのままプラットフォームに移動して予約した列車に乗る。誰にも切符を見せる場面はなく、タッチするような機械的な仕組みもない。席に座った後車掌が回ってきて切符を見せるということもない。目的地に着いたら列車を降り、そのまま駅を出る。つまり、出発駅に着いてから到着駅を出るまでの間、切符を見せたりタッチしたりする場面は全くないということだ。物理的には切符を買わずに乗り降りすることができるということだ。ただし万が一不正が発覚した場合は多額の罰金が課せられるという。日本の常識からすれば改札なし検札なしは何とも不思議な感覚である。世界的にも珍しいため海外のメディアでも取り上げられたらしいが、日本ではほとんど知られていない。
実は開業当初は日本の新幹線同様に自動改札機が全駅に導入されていたのだが、2008年に自動改札システムのトラブルが起こったことから、2009年からは自動改札機を撤去し、このような「信用乗車方式」に移行している。その結果不正乗車は急増したようだが、多額の罰金が課せられることが浸透し徐々に不正は減っているらしい。乗客にとっては荷物を持っているのに切符やスマートフォンを出す必要がないし、改札口付近が混雑してイライラすることもないので良いことづくめである。鉄道会社側にとっては多額の設備費・メンテナンス費がいらないのである。多少の不正は発見できなくてもその損失は微々たるものだ。ちなみに運賃は日本の新幹線と比較すると同距離で3分の1程度である。
日本ではこんな理想的なシステムを何故導入しないのだろうか。知人にこのことを話すとほとんどの場合「日本は利権が絡んでいるから必要のないものを導入してその費用を消費者に払わせている」という回答が返ってくる。システムを導入する会社だけが儲かる仕組みだとすれば淋しい限りだが、理由はそれだけではないのではないか。日本には事業者側にも利用者側にも「何重にも関所を設けないと不正が横行する」という考え方が強く存在しているように思えてならない。新幹線に限らず、様々な場面で異常に高い費用を払わせられることが少なくない。我々日本人はそのような面倒な関所を何度も通ることが当たり前になってしまい、事業者側も不正対策に大きなお金をかけることに抵抗がなくなっているように思う。結果的には、利用者にも事業者にもメリットはほとんどないにもかかわらず。
不便なものでも長年使っていると慣れてしまい、課題意識がどんどん薄れていくのかも知れない。そして時代に合わせて考え方から大きく変えてみる、ということをしてこなかったのだと思う。日本の経済が30年間停滞していた要因は様々な意見はあるが、過去の常識を否定するということをやってこなかったことは大きな要因だと思えてならない。小手先の改善案・対策案を考えるのではなく、思い切って過去の常識を問い直すところから取り組めば、まだまだ選択肢は見つかるのではないか。
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