「できることからやっていこう!」の落とし穴
「まず、できることからやっていこう」。
最近、この言葉を耳にする機会が増えたように感じる。企業や団体などの組織で、看過できない問題の解決策を議論したが意見がまとまらない。そんなとき、誰かが「まず、できることからやってみよう」と提案するのだ。
確かに、皆が納得できる解決策が見つからず議論が停滞しているとき、この言葉は前向きな一歩を踏み出すきっかけになる。理屈や議論ばかりで行動が伴わない組織風土の強い企業であれば、まず現場に行ってみる、動いてみる、顧客と話してみることで問題の実態がより明確になり、その後で改めて解決策を検討するという進め方は合理的である。しかし「できることからやってみよう」という言葉には、少なくとも二つの落とし穴がある。
一つ目の落とし穴は、本来行うべき「どうすれば問題を解決できるのか」という議論を中断してしまうことである。問題解決に必要なのは、「できること」を探すことではなく、「やるべきこと」を見出すことである。もちろん、やるべきことの中には難しいことや痛みを伴うこともある。しかし、そこから目をそらして「できること」に逃げ込んでしまうと、本質的な課題は手つかずのまま残ってしまう。一見すると前進しているように見えても、実際には問題の周辺を回っているだけで、結果として大きな時間のロスを生む。
もう一つの理由は、「できること」を始めると、それを続けているだけで問題解決に向かっているような錯覚に陥りやすいことである。人は何か行動を起こすと安心する。そして、その行動自体が目的化してしまうことがある。本来は問題解決のための手段に過ぎなかったものが、いつの間にか「これだけやっているのだから十分だ」という自己満足につながってしまうのである。
こんな例がある。今、各都道府県でSDGsパートナー企業登録制度(名称は都道府県により若干異なる)が運営されている。企業がSDGsへの貢献に向けて取り組み内容を宣言し、それを自治体が公式HPで公表する仕組みだ。企業のポジティブなイメージづくりを無料でできる機会という見方もある。この制度自体には意義がある一方で、「自社の事業活動は社会や環境に今どのような影響を与えているのか」「持続可能な社会を次世代に残すために、自社は何を変えなければならないのか」といった本質的な議論を十分に行わないまま、単に“今できること”を並べて終わっているケースも見受けられる。そして、その宣言を行ったことで「SDGsに取り組んでいる」という安心感を得てしまうと、本来必要な変革への挑戦が後回しになる。
「まず、できることからやっていこう」という言葉は、本来であれば行動を促す前向きな言葉である。しかし、それが問題解決策をめぐる葛藤や対立、あるいは難しい意思決定を回避するための便利な言葉になってはいないだろうか。
激しい議論や意見の対立は日本の社会では好ましくないものと受け止められることが多いが、関係者が真剣に問題解決を考えている証拠だとも言えるのだ。重要なのは、その葛藤を乗り越えた先にある「やるべきこと」を見出すことである。
問題解決の場面では、「できることから始めよう」と言う前に、一度立ち止まって問いかけてみたい。
「私たちは本当に“やるべきこと”について十分に議論しただろうか。」
その問いこそが、本質的な解決への第一歩になるのではないだろうか。
(2026年6月1日)