カスタマーハラスメントという言葉を連日のように見かけるようになった。2023年には旅館業法が改正され迷惑行為を繰り返す顧客を宿泊拒否することができるようになり、ホテル・旅館業が次々とカスタマーハラスメント対策を発表。航空会社や鉄道会社、デパートなどの小売業から自治体に至るまで次々とカスハラ対策を発表している。カスハラに適切な対処をせず従業員に精神的・身体的被害を負わせた場合、企業は法的責任(労働契約法第5条 安全配慮義務)を問われるだけでなく、さらに人手不足が深刻化する事態となるため、真剣に取り組むべき課題ではある。
 しかし、ガイドラインを定めて店内に掲示しただけ、個人攻撃されないよう名札を外す、窓口での録音を禁止、など安易とも思える対策を実施しているところも少なくないように感じる。カスタマーハラスメント対策は、扱い方を一歩間違うと何の解決にもならないばかりかハラスメントを増幅させたり、経営の危機さえ招く大きなリスクが潜んでいることを再認識するべきだ。

 まず、顧客からの正当な苦情でさえハラスメントとして見なして対応することでサービスの大幅な低下を招くことだ。先日エア・カナダで離陸前に機内が寒いため毛布を要求した顧客とCAとが口論になり、CAは警察に連絡。飛行機は駐機場に引き返しその乗客は警察に引き渡された。ところが他の乗客たちも搭乗をボイコットし、全員が降機したため、その便は欠航となった。エア・カナダは後日全員に損害賠償金まで支払うことになった。安易にハラスメントルールを持ち出せばこのような事態は起きて当たり前だ。

 次に留意すべきなのは予約サイト等での誇大広告だ。ホテルでも飲食店でも予約サイトに掲載されている写真やサービス内容を見て予約した顧客が、実際に現地に着いたら記載内容と異なるとなれば当然苦情の対象になる。夏のリゾートでメンテナンスのためプールが使用できない期間があるならそれは予約サイトにその旨を明記すべきである。広告内容に誤りや重要事項の記載漏れがあったのなら現地で丁寧にお詫びした上で、顧客の納得のいく代替案を示すなどの誠実な対応をする責任があるはずだ。企業側の都合ばかりを押し付けるような不誠実な対応はカスタマーハラスメントを生んで当然である。

 さらに、ハラスメント行為を行った顧客に対して法的に拒否できるようになったとしても、顧客の苦情や要求を安易にハラスメントとして扱うと顧客の怒りをさらに増幅させる。さらに過激なハラスメントに繋がる可能性もあるし、SNSへの書き込みも止めようがない。

 経営者も従業員も、カスタマーハラスメント対策に焦点を当てる以前に、顧客に喜んで頂くにはどんな工夫ができるか、サービス提供者として落ち度はないかを振り返り、皆で改善していく努力が不可欠だ。顧客不満に繋がりそうな要素を洗い出し1つ1つ消していく努力こそハラスメントの発生可能性を小さくする。従業員への教育も重要だ。従業員の誤った顧客対応を見て見ぬふりをしていてはいつまでたってもカスタマーハラスメントの原因はなくならない。

 どのような事業でも持続可能な経営の原点は「顧客満足」である。それが実現できなければ従業員満足も財務的満足も実現できない。世の中には一定以上の割合で不条理な要求や悪質な行為をする人はいるだろう。ハラスメントを超えて犯罪とみなされる行為には断固とした態度を取る必要がある。しかし顧客満足の原点から離れてしまうと経営の危機を招くということを念頭に置き、本気で対策を検討し実行していく覚悟が必要だと思う。

Cabin Attendant
この投稿は2024年9月13日日本経済新聞朝刊にも掲載されました。(一部変更あり)

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