「直感で決めるほうがうまくいく!」
「考えるな!動け!」
「成功している人の共通点はとにかすすぐ動くことだ」
 本当でしょうか?
 確かに一理ある考え方です。考えてばかりで動かなければ結果は出ませんし、考えても答えが出ないような疑問はやってみてその結果を見て答えを見つけるしかありません。
 ただし、直感で決めることやすぐに動くことには大きな落とし穴があることも自覚しておく必要があります。人はストレス状況にあるとき、“非生産的なFast思考”に陥りやすいことが報告されています。溺れる者は藁をも掴む状態ということもできます。そしてそのFast思考が状況をさらに悪化させることになります。

 2002年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者ダニエル・カーネマンは著書『Thinking Fast and Slow』の中で、人間の持つ2つの思考パターンについて言及しています。著書の中では、脳の中には直感的に判断する「システム1」と、よく考えて結論を導こうとする「システム2」があって、いったり来たりしながらどう行動すべきかを判断していると。そしてシステム1だけに依存して判断することを「Fast思考」と呼んでおり、このとき冷静な判断をしようとするシステム2はお休みしている状態なのです。

 ●Fast思考…事実の一部だけを見て、過去の経験に基づき直感的かつ感情的に判断する思考パターン
 ●Slow思考…事実を注意して見、かつ複数の推察をした上で判断する思考パターン

 ■非生産的なFast思考 3つのパターン
 1.勝手な決定(事実と向き合う前に答えが決まっている)
 2.ネガティブの増幅
 3.攻撃(直面している問題の原因を全て自分のせいにする、又は他者のせいにする)

 これまでは経営コンサルタントとして主に大手企業にお邪魔することが中心でしたが、2年くらい前からひとり経営者の支援も少しずつ始め、短期間とはいえひとり経営者の方とお話する機会は格段に増えました。そこで気づいたのは「ひとり経営者にはFast思考に陥ってるように見える人が少なくない」ということです。ひとり経営者は何でも自分がやらなければならず、複数の社員が在籍する企業の経営者と比べて時間的な余裕がありません。そして重要度は高くないが緊急性の高い案件への対応に追われ、重要度は高いが緊急性が低い案件について先延ばししてしまうのでしょう。これがFast思考に陥りやすい原因の一つではないかと思います。
 そういう私自身も振り返ってみると、過度なストレスを感ているとき(例えば大きなミスをしたとき、妻に浮気を疑われて執拗に問い詰められた時など)にはFast思考に陥ってしまい、非生産的な意思決定をしてしまったな、と後になって反省することが度々ありました。

 大切なのは、“自分がFast思考に陥っているのではないか”、と時々立ち止まってみることです。もしも周りにいる人が、Fast思考を増幅させるような発言(例えば今日中に契約するなら半額にします、などのセールストーク)をする人であれば、一時的に距離を置いて冷静さを取り戻す、ということも大切ではないかと思います。そして最近は、Fast思考に陥らないための思考トレーニングも誕生しています。いくつかの状況に対してSlow思考で考えたらどんな解釈ができそうかを書いてみる、というものですが、Fast思考に陥いることが格段に少なくなります。

 Fast思考が悪い、というわけではありません。直感に任せたほうがうまくいくこともあります。例えば運転をしていて急に自転車が飛び出してきて慌ててハンドルを切るなどです。ただし多くの場合、Fast思考に陥ると見るべきものを見ないで(チャンス、リスク、他の事実、他の可能性など)判断をしてしまうため、よい結果に繋がる確率は極めて低くなるということです。だから自分がFast思考に陥っているかもと感じたら、ちょっと待てよ、と自分に一時停止信号メッセージを送る習慣づけは大切だと思います。

 世の中の景気が悪くなると、怪しい商売が増えてきます。そして困っている人に対して「今日中に決めたら半額にします」とか「直感で決めたほうがよい」などというメッセージをする人たちが出てきますが、何かを急いで売りつけたい人がFast思考を強要しているだけなので、藁を掴まないように注意したいものです。また、最近は実態とは乖離したネーミングやキャッチコピーが氾濫しています。「成果保証」と言いながらよく見ると成果は保証していないとか、広告費無料と言いながらよく話を聞いてみると着手金は必要だとか。直感的に魅力的だと思ったときほど「Slow思考」で中身をよく見るという習慣をつけていくことで、判断のスピードが速くなり、「早く動く」ことができるようになるのだと思います。